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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和43年(う)144号 判決 1968年11月21日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人及び弁護人重山徳好の各控訴趣意書並びに弁護人の控訴趣意補充書に記載されているとおりであるから、これを引用するが、その要旨は、原審の量刑は重過ぎるから不当であると言うのである。

よって、一件記録を調べ、当審で取調べた証拠を参酌して検討するに、証拠によって認められる本件犯行の態様、被告人の経歴、性行、前科等、特に、被告人は(1)中学校卒業後今日に至るまで、一定の住居、職場に定着せず、大阪市内、東京都内を転々とし、昭和四一年九月頃からは、大阪市西成区の通称釜ヶ崎の簡易旅館に寝泊りして、いわゆるアンコ(日雇労務者)の生活をしていたこと、(2)昭和四三年二月二二日大阪簡易裁判所において窃盗罪により懲役一年六月、三年間執行猶予の判決の言渡を受けていながら、僅か二ヶ月余にして本件犯行を重ねたものであること等諸般の状況にこれを照らすと、被害の程度、被害の弁償、被告人の年令、境遇等被告人に有利な諸事情を斟酌しても、被告人を懲役一〇月の実刑に処した原審の量刑は相当であって、重きに過ぎるものとは認められない。論旨は採用できない。

なお、職権で調査するに、珠洲簡易裁判所昭和四三年(ろ)第五号窃盗被告事件(追起訴事実)についての原審第一回公判調書及びその後の公判調書を検討しても、右追起訴事実についての刑事訴訟法二九一条二項所定の被告人及び弁護人の被告事件に対する陳述の記載がなく、またほかにこの点に関する当時の状況を認めるに足る資料もない。右事実からすると、特に被告人及び弁護人において被告事件に対する陳述を拒んだと認められない本件においては、原審は右刑事訴訟法二九一条二項所定の手続を履践しなかったと認めるほかなく、このような右訴訟手続の法令違背は、特別の事情がない限り、判決に影響を及ぼすものと言わなければならない。しかしながら、法が、被告人及び弁護人に対して被告事件について陳述する機会を与えたのは、公判審理の冒頭において被告事件についての認否、主張、弁解などをさせ、以って審理における争点を明らかにし、ひいては被告人の防禦権の行使に遺漏なからしめんことを期するにあると考えられるところ、これを本件についてみるに、本件追起訴事実についての昭和四三年七月二五日付第二回公判調書によると、被告人は同日の公判廷において任意に公訴事実を認める供述をし、被告人及び弁護人において公訴事実を些かも争うことなく、かつ、何等の異議を述べることもなく訴訟手続を進め、すべての証拠調を終了したことが認められ、右事実からすると、前記のような原審訴訟手続上の法令違背は、被告人の訴訟上の権利に何等実質的な不利益を及ぼしたものとも認められない。

そうだとすれば本件においては、前示訴訟手続上の法令違背は特別事情の存在によりその瑕疵を治癒されたものと認めるのが相当であり、結局、右違反は判決に影響を及ぼさざるに至ったものと認める。

よって、本件控訴は理由がないので刑事訴訟法三九六条に則りこれを棄却することとし、当審における訴訟費用は同法一八一条一項但書を適用して被告人に負担させないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 沢田哲夫 裁判官 河合長志 石田恒良)

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